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執筆者の写真高岡洋詞

マキタスポーツ「オトネタ大賞」の愉楽と、眉村ちあき「大丈夫」の新しい感動

 10月18日、「マキタスポーツのオトネタ大賞2019」(新宿LOFT)にお邪魔した。「オト(音楽)+ネタ(笑い)」は彼の持ち芸であり、現在は《ミュージシャン・芸人・文筆家・役者》と名乗り、かつては《ネタのできるミュージシャン》を標榜していたマキタスポーツという芸能人を象徴する言葉でもある。そんなマキタが共鳴・評価する人々を表彰し、「オトネタ」というコンセプトの強化と普及を図ったイベントとあれば面白いに決まっている。喜び勇んで新宿に駆けつけた。


マキタスポーツ

マキタスポーツ


 マキタ学級のオープニングアクト(最高だった)に続いて表彰と実演がスタート。出演順にDJやついいちろう(イチロー部門)、新作のハーモニカ(新人部門)、ポセイドン・石川(ライドオン部門)、ベッド・イン(セクシー部門)、どぶろっく(ミュージカル部門)、眉村ちあき(D.I.Y.部門)、マキタスポーツ(おじさん部門、歌うまい部門)がそれぞれ受賞したが、ノミネート発表からネタあるいはネタふりになっていた。


 例えば「歌うまい部門」はマキタのレパートリーに「歌うまい歌」という名作があることに由来している。ノミニーにOfficial髭男dismAI美空ひばり島津亜矢、マキタ自身の名前が並び、自ら「歌うまい部門グランプリは……マキタスポーツ!」と笑わせる。気持ちよさそうに「歌うまい歌」を歌い出すと、2番でステージ袖からなんと島津亜矢が登場。「熊本の歌怪獣」(マキタ命名)の圧倒的歌唱力でフロアを驚喜させた。大団円にふさわしい圧巻のサプライズ。これほどの凄玉たちを束ねることができる人は、芸人とミュージシャン両方の顔を持ち、そのどちらでも実力と実績を認められたマキタスポーツしかいないだろう。


 どの出演者もひと組20分程度の持ち時間でばっちり強烈な印象を残していった。とりわけポセイドン・石川の「RIDE ON TIME」のカヴァーには、フィジカルの “届かなさ” ゆえに生まれるオリジナリティに感銘を受けた(サビ前の “オ、オ、オ” のタメといったらもう!)。芸風はこの日の出演者中いちばんマキタの「作詞作曲ものまね」にいちばん近いと思うが、まさに8年前に博品館劇場でマキタ学級の「お母さん」を見たときと同様、知的エンタメの “クール” を肉体性の “ホット” が図らずも凌駕する瞬間を見た思いがした。


ポセイドン石川『POSEIDON TIME』ジャケット

ポセイドン・石川『POSEIDON TIME』


 どのパフォーマンスもそれぞれにすばらしかったが、中でも僕がいちばん感動したのは《弾き語りトラックメーカーアイドル》を自称する眉村ちあきだった。


 2年くらい前からネットの動画を通してなんとなく知ってはいたが、初めてライヴに足を運んだのは昨年12月、新宿紅布(レッドクロス)でのDOTAMAとの2マン。久しぶりの衝撃だった。フィジカル、エモーショナル両方のパワーが強烈無比なのだが、攻撃性がまったく感じられず、“マユムラー”(眉村ファンの愛称)を相手に無邪気に遊んでいるかのよう。楽曲は飛躍が多くて閃きに満ち、ガチャガチャしているかに見えて表現は簡明。何よりとにかく声が大きくて歌がうまい。奔放と巧妙、型破りとオーセンティシティが矛盾なく同居していた。ライヴの一回性も全開だから、あらゆる現場を追いかけて記録・共有していくマユムラー各位の気持ちはとてもよくわかる(彼女のライヴはすべて撮影OK)。


 以来何度かライヴを見て、アルバムは全部聴いたし、仕事の機会にも恵まれた(『CDジャーナル』2019年秋号R-指定と対談してもらった)。その程度の “ちちゃん”(眉村の愛称)体験だから「眉村ちあきのすごさはこれだ」と言い当てられる自信はまったくないのだが、ものすごく惹かれているのは確かである。椎名林檎宇多田ヒカルの名前が引き合いに出されることが多いが、僕が最初に連想したのは岡村靖幸だった。もっとも比較は話をわかりやすくするためにしているだけで、彼女は彼女としてすごいのは言うまでもない。


眉村ちあき

眉村ちあき


 ステージの模様はお客さんが撮影した動画(下掲)を見ていただきたいが、「贈る言葉」を流しつつのモノローグ(彼女は教師、マキタが生徒という設定)に始まって「東京留守番電話ップ」、続く「荻窪選手権」で早くもフロアに飛び込み、上機嫌のあまりマイクスタンドに歯ぐきをぶつけて涙、「奇跡・神の子・天才犬!」ではクラウドサーフィングでLOFTじゅうを駆け巡り……とわずかな時間で波瀾万丈。ステージに戻った彼女はエレキギターを手にして「大丈夫」を歌ったのだが、その前のMCがとても印象的だった。動画を参照し、できるだけ逐語的に書き起こしてみよう。


 こないださ、マキタスポーツさんの番組でわたしの曲を流してくれたみたいで、その曲が「大丈夫」っていう曲なんだけど、それが流されたことがとってもうれしいって思える自分がいて。前までだったら思えなかったんだけど。だってわたし、「大丈夫」って曲、嫌いだったし。自分で作った曲だけど『ゴッドタン』の力だけでその曲だけMVの再生回数が伸びてる気がしたし、自分の力じゃない気がしたし。だから、そう、自分の力じゃない気がしたの。『ゴッドタン』の力だと思ったんだけど、作ったのわたしだったって。わたしだよね、わたしが作ったんだよ。そう。いま自信を持って言えるよ。わたしは「大丈夫」って曲が大好きで、心を全力で込めて歌えるっていうことを、いま、いま、はっきり言えるから。はぁぁぁ。えーと、だから最後にこの曲を力いっぱい、思いを込めて歌いたいと思います!


前掲のMCは15分08秒くらいから。撮影されたYx0xUxさんに感謝!


 かくして《力いっぱい、思いを込めて》歌われた「大丈夫」を聴きながら、僕は涙した。心なしかフロア全体の空気も変わった気がした。翌日ツイッターを検索したら「泣いてしまった」という感想がいくつかあった。イベントの性格上、笑う準備万端で集った観客の心を、笑いとはまた違った形で、しかし同じくらい強く、深く揺さぶったのだと思う。


 「大丈夫」とは、昨年9月にテレビ番組で披露して出演者たちを感涙させた即興ソング(1番だけ)をもとにした曲で、眉村の代表作のひとつである。その反響は大きく、「即興」をフィーチャーした缶コーヒー「ジョージア」のキャンペーン起用のきっかけにもなっただろうし、メジャーデビューして最初にMVが公開されたのもこの曲だし、自ら言っていた通り再生回数も多い。もちろん僕も大好きだが、彼女の魅力がこの曲に尽きるとはまったく思わない。他にもタイプの違ういい曲がたくさんある。それは同曲を収録したメジャーデビューアルバム『めじゃめじゃもんじゃ』を聴けばわかる。とてもファンを僭称などできない一リスナーにしてこうなのだから、本人にとっては “「大丈夫」の人” みたいに扱われるのはそうとうしんどいはずだ。



 僕がいつも以上に感動したのは、彼女が語った経験が歌の内容を地で行っていると思ったからだ。


 即興ソングは得意なつもりはさらさらないけど

 テレビでは良かったと沢山言ってもらえる

 初めて気づけた知らない自分を

 育てるかは私が決めるんだ


 このくだりには初めて聴いた瞬間に惚れ込んだ。マユムラーの友人にそう言ったら、「ああ、音源化するときにきれいにした部分ね」とニワカ扱いされたことがあるが(ニワカであることは否定しない)、その「きれいにする」ことをきちんとやって1分ちょっとの即興ソングを4分40秒の名曲に仕上げたのだから、むしろ彼女の力の証明だろう。メロディの緩急も心地よいし、トラックもユニークだ。自分ではなんとも思っていなかった、あるいは欠点と思っていたことを他人にほめられ、《知らない自分》に《初めて気づけた》というところで終わる話はよくあるけれど、それを《育てるかは私が決めるんだ》と自らに引き受ける展開はあまり見たことがない。とにかくべらぼうにかっこいい。


 自分ではわかっていなかった長所をほめられたら、たとえうれしかったとしても、すんなり受け入れられるかどうかは話が別である。自己像と他人の目に映る自分は当然に異なるからだ。その葛藤は悩みにも苦しみにもなるし、エネルギーにもなる。それを受け入れて自己像と統合できるのが成熟であるとすれば、僕もまだまだ未熟なのだが、それはともかく、眉村にとっての即興ソングと「大丈夫」の好評にも似た関係があったのではないか。


 「どうせ『ゴッドタン』のおかげでしょ」「即興は得意じゃないのに」「もっといい曲作ってるのに」と反発していた(かもしれない)彼女が、何がきっかけだったのかは知らないけれど、他人からの評価を素直に受け入れて《わたしは「大丈夫」って曲が大好きで、心を全力で込めて歌える》と自信を持って言えるようになったのだとしたら、《知らない自分》を《私》が《育てる》と《決め》たのだとしたら、本当に本当にすてきなことだ。心から祝福したいし、今後の彼女にますます期待したくなる。


「大丈夫」MV(最後にサワリだけ歌う「ピッコロ虫」も名曲)


 ほとんど眉村ちあきの話になってしまったが、彼女は狭義の「笑い」を志向してこそいないものの、ある意味で「オトネタ」のコンセプトを体現しているのかもしれないと思っている。まだ考えがまとまっていないが、ざっくり言うと、先ほどポセイドン・石川とマキタ学級について書いた「最後は肉体」みたいなところだ(文字どおり肉体むき出しのベッド・インなんてまさにそれ)。マキタスポーツも眉村を「健康優良キチ○イ」と呼んでいた。コミックアクトと思ってヘラヘラ聴いていたらうっかり本気で感動させられてしまった、という(心地よい)体験を生むのはそこのところだと思うのだ。


 とにかくどのアーティストもインテレクチュアルとフィジカルの両面に強みがあって、エンタテインメントとしての満足度も高く刺激にも富むすばらしいイベントであった。「オトネタ大賞」は今後も定期的に開催する予定だそう。マキタのアンテナにどんな人が引っかかってくるのか、我々にどんな出会いをもたらしてくれるのか、とても楽しみだ。





 追記:この後、アルバム『劇団オギャリズム』のリリースに合わせて眉村ちあきにインタヴューしました。「大丈夫」をめぐる葛藤についても話しているので読んでみてください。




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